2015年5月15日(金)

〈序章〉
経営(マネジメント)とは何か?
これに答えることは、簡単なようで、意外に難しい。

マネジメントとは、一種の知識である。
経営学者のP・F・ドラッカーも「知識としてのマネジメント」という言い方をしている。
では、それは、どのような知識で、どのような人に必要で、どのような効果・成果をもたらすことができるのか?
それについて、様々と考えていきたいと思う。

始めに、私はマネジメント(経営)とは
「組織という人の集団に、生命を吹き込み、その組織が、ある意味の生き物として成長し、その組織が接するところの社会に何かしらの貢献をもたらすために必要なもの」
だと考える。
逆説的に言うと、マネジメント無き組織とは、“死に体”そのものである。
そして、マネジメントとは、“知識”であり、学び、勉強しまたは講義を受け、学習し、習得し、その得た知識を実践に活かしていかなければならない。確かに、経験によって習得することも多く、何十年か経営に携わってからでないと分らない“悟り”のようなものもあるかもしれない。

しかしながら、諸学問においてもそうであるように、様々な学問が体系化されている現代においては、偉大なる先人達が人生をかけて築いてくれた、智慧が、書物というかたちで残されており、それを学ぶことで、あたかも偉大なる先人が有していた“悟り”なるものを習得することができるのである。
それは、比較的、学問の発祥が浅い「マネジメント(経営)」の分野でも過言ではない。学問の発祥が浅いとはいえ、もはや、複雑化している社会においては、数学や物理、化学、世界史、英語のように、学習しないと何も分からない分野であり、その知識を知っているものと、知らない者との差は雲泥の差となる。

そうであるので、何かの集団において、何かしらのリーダーシップをとる者は、マネジメント(経営)を学ぶことは義務であり、それが、組織の経営資源を無駄にせず、組織を活かす道へとつながる。

〈序章〉として、私が最も伝えたいことは、「マネジメント(経営)」とは知識であり、智慧であり、組織をして、人を活かし、お金を活かし、物を活かし、情報を活かし、社会に貢献するために必要不可欠なものであるということである。

Faust